ジャニーズの担降り変遷

はじめまして。

遂にブログを始めてしまいました。

ここにはJUMPのいろいろを綴っていきたいと思っております。


さて。

今回はなぜJUMPにたどり着いたのかを書きます。


1.はじめはKAT-TUNから始まった

そもそも私の周りにはいわゆるジャニヲタが小学生時代から多く存在しており、例に漏れず私も影響されていったのである。

はじめはドラマでドラゴン桜を見たり、野ブタ、をプロデュースを見たりして、「ドラマ面白いな〜」程度であった。

一変してジャニオタになってしまったのは伝説のごくせん(2期)である。


な、なんだこのかっこいい人は…!


その人物…赤西仁


そりゃもうドラマの次の日は話が盛り上がる。

ジャニヲタにどっぷり浸かった私は、DVDを借りては見て、少クラという番組を知って見まくるという日々を送ることになる。

そこで第2の出会いをする。


2.山田涼介に出会う

ここら辺の時系列は怪しいのだが、少クラを見ていた私は見つけてしまう。


なんだこのかわいい子は…!

(実は一個下だった)

(年齢もろバレ)


当時は裕翔くんやらYaやらが人気だったのだが、どうにもこうにも山田くんから目が離せん!!!

「「手をつないでいこう」めっちゃいい歌やん…山田くんみっけ!かわいい〜!!」

という具合である。


というわけでさらっと担降りしてしまう私。ごめん仁くん…

さらに友人からドル誌を教わり、なけなしのお小遣いで買う( ´  ` )

さらにさらに探偵学園Qが始まり、デビューが決まり…怒涛の日々が始まる。

学校にいた裕翔担、伊野尾担と語り合い、卒業アルバムにまでヲタ話を持ち上げる始末(今思うとヤバイやつ)

(でも女子校だったので悲しいことにリア恋ができずにジャニヲタになっていく子はいっぱいいた)



しかし、我が家かなり厳しくてですね〜。

探偵学園QのDVDも月々のお小遣い減らして分割払いですよ。

デビューLiveもちろん行きたかったですよ。行けませんでした。

周りの友達にグッズ頼んで買ってもらう屈辱…

辛い日々が続きました。


3.2度目の担降りを経験

もう会えない辛さが有り余って茶の間にいても会える嵐さんへシフトしてしまうのだった。


それが加速したのは流星の絆のニノ。

既にかの有名な硫黄島からの手紙拝啓、父上様

「演技まじ好み〜」

(いや、当時は同じヲタ友に「まじ?!硫黄島から入るニノ担あんただけだよ?!」とか散々な言われようだった 笑)

となっていた私を落とすのはちょろかった。

そこからガンガン見ました。バラエティやら歌番組やら。丁度その頃嵐が爆発的に人気になった頃でbelieveのPVで完全に担降り。二宮担になってしまった。


4.会える喜び

いや〜、大学生万歳!

バイトをし出した私は、遂に夢だったファンクラブに入り、さらに夢だったライブ参戦を果たす…!

高校からの友人ともう感動ですよ。

目の前に嵐さんいるんだもん。

お金も自分が稼いだのだから、自分で使いますよ。

二宮氏に貢ぎ、当時の彼氏を悲しませました。

(いや、ふつーに初回版買うとか、年1でライブ遠征行くくらいの話ですよ?)

人それぞれだとは思いますが、

あくまで私のジャニーズへの定義は「雲の上の人」

で、

恋愛感情の「好き」

とは違うのですが…。

私、ミスチルとか絢香とかフェスとかいろんなLive行くんですが、ジャニーズもその括りなんだよね。

(だから、ライブでも「ハイ!ハイ!(低音)とやり、周りに迷惑にならない程度にライトブンブンしてると、周りのかわいらしいノリからは浮く。激しいノリも静かに聴くのも慣れっこだけど、ジャニーズのLiveってやっぱり独特の可愛らしい空気がある)

ま、話それましたが、今思うと、VS嵐見て、「にの〜♡」ゆうてたら、そりゃ彼氏にも「おいお前」と思われるわな。


5.転機。〜再びJUMPが好きになるまで〜


はい、やっと本題です。

が、勝手に眠くなったので一旦終了。(勝手が過ぎるだろうよ)